川上間違いだったけど結果すばらしい本だった。こんなに瑞々しい小説を書く人だったんだ…川上未映子『あこがれ』

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のっけからすごく失礼な話なんですが、わたくし川上弘美さんの本をよく読むんです。

それで、図書館で「川上」という文字を見つけたのでてっきり川上弘美さんの新刊だ!と思って借りて帰ったのですが、どうやら川上”弘美”さんではなく川上”未映子”さんの小説だったもよう。しかも30ページくらい読んでから気が付いたという…。落ち着け、自分。

正直川上未映子さんの小説って芥川賞の『乳と卵』くらいしかちゃんと読んだことなくて、あまり知らない作家さんでした。

しかし、今回は本当に幸運な間違いをしたなぁ、と一人悦に入っております。

とにかくものすごく良い本でした。こんなに瑞々しい文章をお書きになる作家さんだったとは存じませんでした。これでまた一人、好きな作家さんが増えました、幸せです。

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登場人物がかわいくて愛おしくて仕方が無くなる

まず、このお話の登場人物がみんな愛らしくて、好きにならずにはいられなくなるんですね。

主人公は大きく分けて2人います。1章のお話『ミス・サンドイッチ』の麦くんと、2章のお話『苺ジャムから苺をひけば』のヘガティー。

2人は友だちというか同士いうか、とにかく小学校の1年から5年までずっと同じクラスで、気の置けない仲間みたいな感じ。1章、2章って分けてありますけど、同じ流れの中でのお話なので、どちらの章にも2人が登場します。

とにかくこの2人がとてもいいんです。いじらしいというか愛らしいというか、ずっとずっと物語のなかで「幸せになってほしいなぁ」と思いながら読んでいました。

ちょっとお話の内容に触れると、2人にはいくつかの共通点があります。

まず、麦くんにはお父さんと、ヘガティーはお母さんとの死別を経験しています。2人とも物心つくかつかないかの時に亡くなっているので、はっきりとした記憶はありません。

「ぎりぎり記憶、ないんだよねえ」

とヘガティーはいうのです。なんとなく、そのまとっていた空気や雰囲気は覚えているけど、「お母さん」「お父さん」という確固たる記憶は無いに等しい2人なのです。

そして、2人にはどうしても気になって仕方がない存在があります。

麦くんはスーパーマーケットのサンドイッチ売り場にいつもいる通称「ミス・サンドイッチ」。ヘガティーは異母姉妹の存在を知ってからというもの、そのことで頭がいっぱいになってしまいます。

麦くん、ヘガティー、ミス・サンドイッチ、父親が同じの姉、そして麦くんのお母さん、ヘガティーのお父さんを軸に物語は進んで行きます。

このミス・サンドイッチがまたすごい。麦くんのクラスの女子からは

「お化けみたい」

「人生終わりって感じ」

「あんな顔だったら死んじゃう」

と散々なけなされようをされます。

ミス・サンドイッチは、まぶたに水色のアイシャドウをべったりと塗り、髪は短くのりのように張り付き、ものすごく無愛想にサンドイッチを売っている年齢不詳の女です。

この女が麦くんはどうしても気になって気になって、しまいには夏休みのほぼ毎日をミス・サンドイッチをながめにスーパーに向かい、帰ってきては寝たきりのおばあちゃんの横で似顔絵を描く、という日々を送っていました。

そしてヘガティーもまた、心がざわつくような出来事が起こります。

あるパソコンの授業のときのこと。ヘガティーのお父さんはわりと名の知れた映画評論家だということを知った同級生が、お父さんの名前で検索をかけてみました。

するとそこには、自分がまったく知らなかったお父さんの経歴やその他もろもろが沢山ヒットしました。そして、ヘガティーは、自分のお母さんと結婚する前に結婚していたこと、そしてそこには1人女の子が生まれていたこと、を知ってしまうのです。

自分に姉がいることなどまったく知らなかったヘガティーは、ものすごく動揺します。そして、相談相手の麦くんと、その異母姉妹に会いに行く計画を立てたのでした。

麦くんとヘガティー、恋でもなければ友情でもない、でもそこには他のだれにも変わりが出来ない絆のようなものがあって、2人で知らず知らずのうちに支え合ってなんとか生きている姿が描かれていました。

麦くんのお母さんは占いだかスピリチュアルだかの仕事で、ヘガティーのお父さんはやっぱり映画の仕事に忙しく、「かまってほしいわけじゃないんだけどちょっとなんだかな」というバランスが絶妙。

そのなんだかな、を2人でなんとなく補っているような感じが、とてもいじらしく愛らしいのです。

いいおばさんがおいおい泣いてしまった…餃子とコロッケ

泣いてしまいました。子どもたちが『クレヨンしんちゃん』とか見てる横で、おいおい泣いてしまいました。

なにが泣けるってあなた、「餃子とコロッケ」ですよ、「餃子とコロッケ」でわたしゃ涙が止まりませんでした。子どもたちもびびりますよそりゃ。

ヘガティーが、麦くんと一緒に半分だけ血の繋がった姉に会いに行った日、ヘガティーのおうちの夕ご飯が「餃子とコロッケ」だったんです。

餃子とコロッケ、どっちも冷凍でよくあるおかずですよね。スーパーのお総菜の定番でもありますよね。

男親のがさつさ、というか、ざっかけなさが良く出ている献立だと思うんです、餃子とコロッケ。これでお父さんが両方手作り♪とかだとわしズコーってなるんですけどw

ヘガティーは、物心ついたときからお父さんしかいなかったので、がさつな家事、がさつな献立が当たり前だったんです。

けれど、姉のおうちはそうじゃなかった。キレイに整えられたリビング、飾られたお花、そろいのティーカップで出てくる紅茶にケーキ。

そういうのって適正もあるんでしょうけど、どうしても女の人のほうが得意じゃないですか、一般的に。献立だって、例えばコロッケの日には餃子じゃなくてマカロニサラダとか、ひじきの煮物とか、栄養やいろどりを考えてそうなりますよね?知りませんけど。

それがいいとか悪いとかじゃなくて、「ああ、うちはずっとこうだったんだな」と思うヘガティー、母親の不在ってもしかしたらそういうところで感じるのかなって、なんだか分からないんですけどぎゅーっと切なくなって涙が止まらなくなってしまいました。

それは麦くんにも同じことが言えるんですけど、麦くんはおばあちゃんの横で絵を描きながら寝てしまうんです。

完全に眠りに入る直前に、お父さんが、もういないはずのお父さんが麦くんを抱き上げて、柔らかい布団に乗せてくれないかなって思いながら眠りにつくんです。ありえないんだけど、そう思ってしまうんです。

明日の朝、お布団にいるかもしれないと、そんなことはもう起こらないにきまっているのに、それでもそんなことを思ってしまうのは、お父さんのことを覚えているような気がしているからだった。

もしかしたら自分が作り出した勝手な記憶なのかも知れないけど、麦くんには確かにお父さんとの幸せな記憶というか感触が残っていて、無性にその感触に触りたくて、確かめたくて、焦がれているのだと思います。

それは普段押し込めている分、自分が無防備になったときほどどうしようもなくあふれ出てきてしまうもので、2人はそのどうしようもなさに「あこがれ」続けているのでしょう。

おとうさんとおかあさん。いまわたしが死んだら

この本を読んで、この麦くんのお父さんやヘガティーのお母さんのことを考えました。

ヘガティーは物語のなかで「お母さんはひとりぼっちだ」といいます。

わたしも、お父さんも、お父さんの前の奥さんも、その娘も、麦くんもこうして生きているのに、お母さんだけひとりぼっちで死なせてしまった。

残して死んでいくお母さんも、どんなに寂しかったことでしょう。どんなに辛かったことでしょう。

わたしがもし、いま死んだら、きっと下の坊は覚えていないでしょう。上の娘は辛うじて覚えていることもあるかもしれません。でも、きっとどんどん感触は無くなっていって、大人になるころにはおぼろげな記憶になるかもしれません。

それって、さみしいなぁ。

もっともっと、子どもたちが大きく成長するところを見たかった。

小学生になって中学生になって、高校生になるところを見たかった。

もっといっぱい抱っこもしたかった。一緒にぬくぬく眠りたかった。

笑ったり怒ったり、泣いたり食べたり、もっと沢山の時間を過ごしたかった。

色んなことしてあげたかった。何にも出来なかったなぁ。

死んだら記憶も無くなるのかな。

旦那さんより先に死なないって言ったのに、約束破っちゃったなぁ。

そんなことを考えていたら、麦くんやヘガティーの気持ちと、そのお父さんお母さんの気持ちがいっぺんにわっとやってきてしまいました。どうしようもなくなってしまいました。

別にわたしゃ明日死ぬ予定は無いんですけど(笑)、でもこればっかりは分かりませんからね。明日とんでもない事故が起こったり、天変地異がおこるかもしれませんから。

明日の保証なんて、どこにもないんですよね。

だからこそ、「人はみんな死ぬ」ってことを早くに知ってしまった麦くんとヘガティーが愛おしく、幸せになって欲しい、と願わずにはいられないのです。

勘違いから手に取った川上未映子さんの『あこがれ』。今年のマイNo.1になりました。おめでとうございます。

麦くんとヘガティーは何にあこがれ続けているのか。この本を読んだら、きっとあなたのあこがれている人に会いたくてたまらなくなると思います。

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