「貧乏っぽい」と言われた我が家は、今日も幸せに生きています

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少し前のことなのですが、ある日、娘が突然こんなことを言いました。

「Aちゃんに、うちは貧乏っぽいって言われた」

始めはちょっと冗談みたいに笑っていた娘ですが、やはり相当ショックだったのか、話終わるころには泣き出してしまいました。

お友達のAちゃんのお家はピッカピカの新築で、いつお邪魔しても埃一つ無いくらいお掃除も完璧。かたや我が家は築数十年のボロボロの外観(あ、中もぐちゃぐちゃでした笑)、それも現在では珍しい長屋のような集合住宅…。

子どもたちはいつか、うちが他の家庭よりも家計的に余裕がないことを気付いてしまう日が来るだろう、と内心こわごわだったわたくし。

「とうとうこの日が来てしまったか…」と少々やるせない気持ちになってしまったのですが、娘の涙はそれとは違う意味での涙だったのでした。

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「どうしてうちは他のおうちみたいじゃないんだ」親を責めた子ども時代

わたくしは小学生から中学生に上がるくらいまで、ずっと親を恨んで責め続けていたことがありました。

それは、うちの両親の家業のことです。

わたくしの実家はいわゆるサラリーマン家庭とは違って、自営業のようなものをしています。

なので自宅には常に父親もいますし、その特殊な職業柄いつも色んな人が我が家に出入りしていました。

もちろん安定した収入があるわけでもなく、ある月は実入りは良くてもその次は全く、というように、いつも綱渡りのような家計状況だったようです。

ある日、わたくしが父に部費か何かで「1000円ちょうだい」というと、父は即座に「無い」と言い放ち、1000円も無いんだ…と衝撃を受けたことを覚えています。

そんな家でしたので、友だちもなかなか呼びづらく、また親の仕事を言いにくい子ども時代でした。

どこかでうちの家業を噂に聞いた同級生に、いじめではないのですがからかわれたり、露骨に「あそこの家の子と遊んじゃいけない」と言われたこともあります。

別に怪しいことをしているわけではないのですが、サラリーマン家庭がほとんどだった中では異質に映ったのでしょう。

もちろんいつも貧しかったし、その中でも苦労をさせまいと両親も頑張ってくれていたことは今になって感謝していますが、その当時は到底受け入れられないものでした。

どうしてお父さんはサラリーマンじゃないんだろう?

もっとキレイで新しい家に住んでみたい

自分の部屋が欲しい

姉のお下がりの服ばかりなんて嫌だ

学校や近所で受けた嫌なものを、そのまま「自分の家がこんなだから悪いんだ」と両親にぶつけていたんです。自分の家が普通じゃないからこんな思いをするんだ、と。

特にわたくしが育った柏という土地は良くも悪くも平均的で、ものすごく貧しい家も無ければものすごく裕福なお家も無い、つまりちょっと変わっているとめちゃくちゃ目立ってしまうような土地でした。(当時の話です)

それに、当時はバブルがはじけてしまってみんなが大人しく、人と同じように、目立たないように「そこそこ」を目指して生きているような世の中。そんな「そこそこ」にも届かないような我が家は、悪い意味で目立っていたと思います。

「普通じゃないこと」が異質だった時代、そのひずみを、わたくしは家や両親にぶつけることしか解決方法が見つけられませんでした。

「幸せは誰とも比べられない」ことを知っている娘に頭が下がる

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そんな子ども時代しか送れなかったわたくしですので、当然「貧乏っぽい」と言われた娘にも、

「どうしてうちは貧乏なの?」

と聞かれると思っていました。貧乏と言われたことが恥ずかしくて泣いているのだ、と。ところが、娘はまったく違うポイントで涙を流していたのです。

「わたしが家族と暮らしているこの家を貧乏っぽいなんて言うなんて、Aちゃんはひどい」

「家も家族もバカにされたみたいな気分」

「わたしはこの家が大好きなのに」

娘は、家が貧乏かどうかはどうでもよくて、ただただ自分が大好きな家や家族が侮辱されたことが悲しくて、悔しくて泣いていたのです。

パパやママがバカにされたみたいで悔しい、と泣いていたのでした。

わたくしは、自分の娘ながらどうしてこんな子に育ったんだろう?と深い感動を覚えました。

この子は、「幸せ」が何なのかちゃんと分かっている。「幸せ」が自分の中にしか無いことを分かっている。そう感じました。

そして、たった5歳の娘が分かっていることをわたくしは分からずに、ずっと両親を苦しめていたんだなぁ、といま申し訳ない思いでいっぱいです。

さすがにもう、よそ様と比べてどうのこうのとは思わなくなりましたが、それでも娘のお友達の家から帰ってくると、あまりの生活レベルの違いに落ち込むこともありました。

そして、子どもたちがどう思うか、がいつも気がかりでした。

キレイで真新しい外観、遊びきれないほどのおもちゃ、整えられた室内、おいしいおやつにジュース。

そんなもののひとつひとつを、比べられたらどうしよう。どこかでそんな思いを抱えていました。

けれど、子どもたちはそんな親の小さなせせこましい考えなど飛び越えたところで生きていたのですね。

子どもたちは

「○○ちゃんのおうちとってもステキだったね!また遊びに行きたいね!!」

といって喜んでいますが、だからといって「どうしてうちは…」とはならないのです。

初めから、何か(どこか)と比べてうちはどう、という考えが無いみたいなんです。

目の前の家族や家が大好きで、それ以外はキレイだろうが汚かろうがどうでもいい、というある意味潔い視点を持っています。

いつもいつも何かと、誰かと比べて生きてきたわたくしとしては、驚くべき境地に子どもたちは生きているのだと感動してしまいました。

今日も我が家はみんな元気です

娘の言葉から、学んだことがあります。

それは、人と比べた幸せは限りがないけれど、自分の中に見つけた幸せはいつまでも残る、ということです。

人と比べたらきりがありません。財産、学歴、職、子どもの数、車はあるか、車種は何か、家は新築か…。どこまでいっても終わりはありませんし、いつまでたっても疲労感ばかりが残ります。

スペックで幸せを計るのもけっこうですが、うちははなから脱落しているのでその点では幸せではないでしょう。

でも、わたくしはいまとても幸せだと言えます。それは人と比べたらずっと見つけられない「幸せ」を見つけることができたからです。娘がそれを捜してきてくれました。

我が家はよく笑います。どうでもいいことでみんな涙を流して笑うこともあります。

おならを嗅ぎあって笑ったり(たまに臭すぎて本気で怒ります)、だれかのお腹が鳴れば転げ回って笑うこともしばしばです。

泣くこともあれば本気で怒ることもあるし、誰かが悲しかったりしたらみんなで悲しくなります。

それがうちの「幸せ」です。

このままボロ家に住み続けて家なんて建てられないかもしれないし、ディズニーランドにもユニバーサルにも行けないし、ほとんど外食も出来ないけど、みんながそのままでいられる我が家がわたくしは好きです。

子どもたちが好きです。旦那さんが好きです。

他の何ものにもかえがたいこの家族が、わたくしの「幸せ」です。

そんなことに気が付いた娘の涙でした。そして願わくばそのままでいて欲しい…、なんてね。

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