西川美和著『永い言い訳』感想。永遠に終わることのないラブレター、のようなもの。

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読み終えてからしばらく、涙を流してこの本をバンバン叩いてしまいました。小説の出来が悪かったからではありません、念のため。すごく、言葉に出来ないくらい素晴らしかった。

悲しくて寂しくて、そしてものすごく切なくて。もう

「なんて人ってこんなにバカなんだろう!!」

と泣けてきて仕方なったこの話。主人公の祥雄が目の前にいたら確実に「あんたバカだよ…」と一緒になっておいおい泣いてしまうと思う。その気持ちが、つい本にあたってしまいました、ごめんなさい。

ここまで感情を(良い意味で)揺さぶられた小説って久しぶりです。すごくすごく、なんていうのか…情けなくて温かくてバカみたいで、でも人間って捨てたもんじゃない、生きることはそんなに悪くないと思いました。最近ではNO.1です。

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『永い言い訳』あらすじ。妻、母を失った家族の奇妙な関係。

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お話のあらすじを簡単に。

テレビ出演もする人気小説家の衣笠祥雄。あの広島の鉄人、「衣笠幸夫」と読みが同じというなんともとほほな運命を背負って生きてきた男。その「キヌガササチオ」という名前は、ほんの数人の近しい人しか知らず、普段は小説家「津村啓」として生きてきました。

ある日、祥雄に一本の電話が入ります、しかも奥さんの留守中、愛人を家に連れ込んでのタイミングで。

電話の相手は警察。なんと祥雄の奥さん「夏子」が雪山のスキー旅行に行く途中、バス事故に巻き込まれ、一緒に同行した親友もろとも亡くなった、という内容でした。

奥さんの夏子とはもう、ほとんど会話らしい会話をいつしたのかも覚えていないほど冷え切った夫婦仲でしたが、それにしても不気味なほど冷静な対応をする祥雄。これには周囲のごく近しい人たち(愛人、マネージャー)もいぶかしがるほど。

そんな祥雄と対照的だったのが、夏子の親友で同じく事故で亡くなったゆきの夫、大宮陽一。

事故で被害者となった遺族の説明会では、バス会社の社長に腐った果物(バス会社のお見舞い)を投げつけ、奥さんを返せ、返して欲しいと感情を爆発させ号泣。しまいには立てなくなるまで泣き崩れる陽一を見て、祥雄は苦々しさを押さえきれません。

その遺族会後、祥雄がメディアのインタビューを受けている最中に陽一はやってきます。

必死で津村啓で通している祥雄に向かって、しかもカメラが回っている最中に

「サチオくん!!サチオくん!!祥雄くん、やっと会えた」

と…。こうして祥雄と陽一は初対面をするのです。

その後、祥雄はなんの気まぐれか、それとも祥雄自身も心細かったのかいたずら心か、陽一とその残された子ども、真平、灯を食事に招きます。

埼玉から初めて麻布十番にやってきた陽一一家。祥雄が指名したこじゃれたビストロの料理の味もワインの味も分からず、その場にいる全員が居心地の悪さを感じたままの食事会。

普通ならそれでお開き、両者も関わることがないままその関係は途絶えていたことでしょう。ですが、ある事件が起こります。

4歳の女の子灯のようすがおかしいことに気が付いた真平。灯のワンピースをまくってみると、お腹に真っ赤な湿疹が出来て、目は開けられないほど腫れ上がっています。

アナフィラキシー症候群です。

灯はエビ・カニアレルギー持ちだったのですが、知らずにカニ味噌が入ったパテを食べてしまっていたのです。

父の陽一は、いつもだったら妻のゆきが持ち歩いていたアレルギーの薬も持ってきておらず、大慌てで病院へ駆け込む自体に。そして残された祥雄と真平は、二人で埼玉の自宅まで一緒に帰ることになりました。

そこで祥雄は、大宮家の内情を知ることになります。

トラックの運転手で泊まりがけの仕事がある陽一のこと、中学受験を控えていたが、塾に通うこともままならなくなった真平のこと、小さいながらも家事を手伝う灯のこと、なんとかゆきが生きていたころの生活を持続させようとしている大宮家のこと…。

ここでまた、祥雄の気まぐれ心がうずきます。なんと、あれだけ他人と関わることを忌み嫌っていた祥雄が、「真平の塾のある日だけ灯を見ていようか」と陽一に申し出るのです。

こうして、共に妻であり母である女性2人を失った家族の、奇妙な共同生活が始まったのでした。

面白がる目線があるからこそ、祥雄が魅力的になっていく

共同生活においては、やはり祥雄もどこか不安だったのか、夏子が死んだことをどうにかして目を逸らしたかったのか、このあたりが祥雄自身も分からないといったような描き方で、でもそんなことってあるのかも知れない。

祥雄は真平の勉強の面倒(といっても一方的な価値観を押しつけてるだけの…)や灯と一緒にちゃぷちゃぷローリーを歌いながら、不思議と癒される自分を発見します、というかするのだそうです。←これがミソ。するのだそうですよ、という突き放した書き方が最高に傑作。

子どもってほんと現金だから、そしてそれだけ真平も灯も必死だったと言うこと。子どもの扱いすら分からない祥雄を受け入れなければならないほど必死だったのね。

それも祥雄自身重々分かっていることなんだけど、それとは別に押さえきれないなんていうのか、高揚感…でもないけど純粋に「嬉しさ」がこみ上げてくるんです。

自分がいなければ生きていけない、庇護して守ってやらないといけない物がいるってことの尊さに、生まれて初めて気が付いた【つもり】でいるんですこの男は。つもりですからね(笑)

そして、誰よりもその生活の甘美さに酔いしれて、父親ぶってテレビなんか出ちゃうんですからほんとにこの人はもう!!

その祥雄を、ちょっと高い目線でずっとずーっと見守るというか見続けているのがこの著者の目線で、祥雄にそんなに寄ってないんです。ずっと冷静でおだやか。

だからすっごく祥雄が滑稽に見えるしなにいってんだこのとんちき野郎ってムカムカくるところなんですけど、それがない。祥雄がとってもチャーミングに描かれています。でもバカだなぁ…って思う。男の子が棒振り回して鼻水垂らして駆け回ってるのを見てる感じ。

それでちょっと陽一が親しくなった鏑木先生にムラムラと対抗心を燃やして、ぼろっくそに言い負かしたり明らかに態度を豹変させたりとかほんとこの人…。

もう読んでるこちらがとほほな気分になって、「もうおよしよ、子どもたち見てるじゃん」とたしなめたくなってしまう、というか何なんだこの祥雄は。

それでも祥雄を憎めない、いや奥さんの旅行中に愛人を家に連れ込んでる時点でもうアウトなんだけど(笑)、でも憎めないんですよこの人は。

ほんとどうしようもない祥雄だけど、でも人間の愛らしさがあると思う。

ちょっと灯が手を繋いでくれたことに嬉しくなったり、その手の小ささに驚いたり。

陽一の純粋さにほろりと来たり、それでまた自分には分からなかった妻の姿に嫉妬したり。

真平のまっすぐな問いかけを自分のことみたいに悩んでみたり。

大宮家と接することによって、祥雄の素直で単純な人の良さ、みたいなもの?津村啓では出せなかった素の可愛らしさみたいなものが出てきて、なんだか好きになってしまうんですよね。

そして、実は事故のあと一番亡くなった人を求めているのがこの祥雄なんです。

「ゆき、ゆき」とおいおい泣いてしまう陽一、その陽一の見えないところで涙を流す真平、これから母の不在を痛感するだろう小さい灯よりも、誰よりも亡くなった夏子を求めている祥雄。

大宮家のみんなは、とりあえず生活を立て直そうとして無理矢理にでも進もうとしているんだけど、祥雄は大宮家にすがらないと夏子のことを考えることすらままならなかったんじゃないかとわしは思う。

誰よりも「家族」を欲してたのが祥雄で、実は大宮家を助けているつもりだったのが自分が助けられていたのよね。だから自分のポディションを脅かす(と祥雄が勝手に早合点している)鏑木先生にもう猛獣のような威嚇をしています(笑)。祥雄、大人になれ。

そこで言えるのは、祥雄を面白がっているからこそ、なんです。可哀相な人じゃなくて、なんだかウゴウゴもがいてその動くさまがとっても面白がって書かれているので、誰も祥雄を本心からは嫌えない。

すごくうまいなぁ、と思います。

マネージャーの岸本の言葉を借りて、祥雄のダメなところ(ちょっと数日子どもを預かったぐらいで子育てを語るな、は笑いました。ほんとほんと!ふざけんなよ祥雄。)は痛烈に批判しているし、でも奥さんと祥雄の関係性を思って祥雄に同情心もある。

ここが物語に深みをもたせているというか、一方通行じゃなくなっていているんです。これは愛人の言葉にもあるんだけど。

「完璧な奥さん」というどうあがいても手のひらで転がされているような相手、どう立ち向かっても底が見えない相手。そんな人が傍らにいるのは、男にとってつねにつねに

あなたは小さい、愚かで幼稚で、しょーもない男だ

と言われ続けるようなものだと、この岸本は祥雄に同情するわけなんです。うん、男の人の思考って案外こんななのかも。プライドが高いんだろうね。奥さんがでかすぎると、目を逸らしたくなる気持ちは分かる、のだそうで。

それゆえに、岸本は祥雄は大宮家という場所でままごとのマネをして奥さんを忘れようとしている、と思い至ります。岸本、なかなか鋭い。

「もう愛していない」は「愛してくれない」の裏返し、かも。

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実は、一貫してこの小説は夏子の目線で書かれているのかな?とふと思いました。ずっとずっと、祥雄に「分かってるよね?誰がそばにいて欲しかったの?」と問いかけるような空気を感じていたので。

大宮家の交流の中で、自分は夏子にとって何だったのか、夏子は?妻の何を知っている?と考え始める。大宮家と一緒にいる夏子と自分が知っている夏子があまりにもかけ離れていて、でもその隔たりを作ったのは自分で…。

その中で見てしまった、夏子の遺品の携帯メッセージ、未送信メール。

「もう愛していない、ひとかけらも」

これ、きっついね(笑)。いや笑ってる場合じゃないんだけど、ショックだろうなぁ、自分不倫してるクセに、でもショックだよね。そう、祥雄大ショックを受けるんです。

でも、わしはこのメールで、夏子は祥雄のことがすごく好きだったんだな…と思いました。

「もう愛していない、ひとかけらも?」

だったのかも知れないし、

「(わたしのことを)もう愛していない」

だったのかなぁ、と思ったり。

だって、本当にどうでもいい人にこんなメール送ろうと思いませんよ。生きようが死のうが、愛していようが無かろうがどうでもいいんだから。

愛しているから、相手の気持ちが離れるのが苦しくてやるせなくて、壁に物投げつけるような気持ちでこのメールを打ったのかも知れません。

夏子さん、祥雄のことちゃんと愛していましたよ。そして祥雄も本当は気が付いているんです。自分が傷つきたくなくて、いや夏子を傷付けていたことから目を逸らして気付かないふりしてるだけ。

そんなこと、死んじゃったあとから考えたってどうにもならない。けど、どうにもならないからこそ考えてしまう。

俺たちはふたりとも、生きている時間を舐めてたね

と最後の手紙にあるけど、本当にそう。いま生きいてる人全員、生きている時間を舐めている。それは失ってみないと本当には分からなくて、だから祥雄の手紙はとても悲しい。

人間は、失わないと分からない弱くて悲しくておかしい生き物

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本当に、そう思います。失ってみないと、とこぎり分からない。祥雄だって夏子だって、伝えるチャンスはあったのに、気が付くチャンスはいっぱいあったのに、でも出来なかった。意地とかプライドとか、羞恥心とかそんなアホみたいなのに囚われて。

いなくなってから、言い訳みたいにして色々考える。忘れられない、永い永い、祥雄から夏子へのラブレター、のようなもの。

でも、人間ってそうなのかもしれないね。だって、SMAPだって解散!!てなったとたんみんなその価値の大きさに呆然となったじゃない、もちろんわし含めてだけどさ。

わしだって、いま親とか旦那さんが突然死んじゃったら、ものすごく後悔する。どうしようもなく。

だから、相手を大切にするっていうのは、自分自身のためでもある。自分が後悔しないように、失ったとき、相手に対して申し訳なく思わなくて済むように。そんなことムリなんだけど、でもなるべくなら後悔の大きさは小さい方がいい。

でも、特に夫婦ってなかなかいなくなるとは考えにくいじゃない。いなくなっちまえと思うことはあるかも知れないけど(笑)。あ、わしはそんな不遜なこと思いませんよ。

それに、いつかこの人死んじゃうかも知れないから優しくしておこう、なんて気持ち悪いこと考えながら生きてる人ってかなり少数だと思うのね。老い先短い人には思うことも沢山あるけどさ、健全な、健康な中年の伴侶にたいしてはまずそんなこと思わない。

だから、誰しもがこの祥雄みたいになる可能性はあるんですよね。

例えば、大げんかした次の日に行ってきますのキッスも無視して送り出したら事故で亡くなった、とか。あのときどうしてキッスしなかったんだろう、としばらく泣いて暮らすと思うんですよ。キッスは分かんないけど。

人って、いきなりいなくなることもあるんです。普段そんなこと思いもよらないんだけど、でもいきなりいなくなることもある。

その喪失を埋めるために、人は永遠に続く言い訳をする。ああすればよかった、あのときあんなこと言わなければよかった、もっとこうすればよかった。

誰もがみんな、祥雄になる。それは、自分に大切な人がいる、いた、という証になる。

なんか、すごく良い小説だな、と思いました。最後小学生の感想文みたいになっちゃったけど(笑)でも、しみじみ、言い訳が言える相手、後悔できる相手がいることの尊さ、を感じました。

映画も見に行きます、主演はもっくんです。わたしは主演は吾郎さん(稲垣の方ね)を想像して読んでいましたが、いつか吾郎さんにも演じて欲しいです。

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