辻村深月著『朝が来る』わしはこの作者に問いたい。あなたにとって「創作」とはなんですか?と

久しぶりの更新です。というのも、ある小説を読んですごく考えてしまったからなんです。

普段ならあまりネガティブなことはブログに書きたくないな~、なんて思ってたんですが、この辻村深月著『朝が来る』を読んで、すごく悶々としてしまって書こうかどうしようか迷っていたのです。でも書きます、すごく腹が立ったのですが、書きます。

そう、わしはこの物語(といっていいのかな?)を読んですごく腹が立ったんです。もっと端的に過激に言うと、「これって盗作じゃないの?」くらいの勢いで腹が立ちました。法的には分からない、けど、わし的にはこれはもうはっきりと盗作だと思っています。

みなさんはどう思われるかドキドキしていますが、このブログを読んでいただければわしの憤りが分かると思います。

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なんだこの既視感は…?NHKのドキュメンタリーそっくりなんですけど

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このお話はざっくり言うと、特別養子縁組のお話です。

あるアラフォー世代のご夫婦が不妊治療をしていたのですが、子どもが授からずに特別養子縁組としてある男の子を実子として迎えている日常、その子を中学生という若さで産み、養子縁組の支援団体を通して夫婦にやってきた背景、そして産みの母のその後…というおおまかに3つのお話が入り組んで構成されています。

で、まぁそのお話の内容とかはAmazonBookレビューでも見てください。内容うんぬんはこの際あまり関係が無いことなので。

わたくしは以前放送された『はじめまして、愛しています』というドラマを見ていたこともあって、たまたま図書館に置いてあったこの本を手に取った訳なんです。ほかの切り口で書かれているものも見たかったし。

初めは普通に違和感なく読んでいました。アラフォー夫婦の葛藤には素直に涙しましたし、まぁ泣き所ですよ!って感じですごくチープだな、とは感じましたけど、でもそのくらい。

しかし、しかしですよ。この妊娠してしまった女の子が関わる「特別養子縁組の支援団体」のパートを読んで、わしは驚愕しました。

これは、わしが以前テレビで見て非常に印象に強く残っているドキュメンタリーと似ていたからです。似てるなんてもんじゃない、まさにそのものだったのです。

そのドキュメンタリーとは、今から3年前、2013年に放送されたNHK制作の地方発ドキュメンタリー『彼女たちの出産~ある母子寮の日々~』というものです。

なぜこの番組を覚えているかというと、ちょうどわしもその数ヶ月前に長男を出産していまして、夜中に授乳しながらボロボロ涙を流しながら、世の中にはこんな境遇で生まれてくる子、産まなければならない母親がいるんだ…と強く心に残っていたからです。

特に、風俗店に勤務していた女の人は痛いくらい覚えています。

その人は風俗店の客の子どもを妊娠してしまい、気が付いたときにはもう中絶出来ず、どうしようもなくなってその支援団体「ベビーぽけっと」を頼って出産をしに寮に入っていました。

その女の人の描写とか状況とか台詞とか、とにかくすべてがそのまんまでした。

支援団体の形態も同じ、支援団体の名前も似ているし(小説だとベビーバトン)、他にもお誕生日のシーンとか岡山空港に迎えに行くシーンとか、参考にとどまらない、はっきりいってそのまま写したと思われるシーンが沢山書いてありました。

はじめは「この作者の人もあのドキュメンタリー見たんだなぁ」って思ってたんですけど、見たどころじゃないよこれまんま丸パクリだよってなんか腹立ってきたんです。

モチーフを得るって意味ではいいと思うんですけど、それにしてもこれそのまんま過ぎるだろう、と感じてしまいました。これって小説って言えるのかなぁ、と。

それでもちゃんと小説のクレジットには「参考資料」としてこのドキュメンタリーの名前が出てるし、団体としても了承したんだろうなぁと思ったんですよ。が、なんとこの支援団体には一言の断りもなかったと。そして制作側にも何もアクションはなかったらしいのです。

一部、ベビーぽけっとさんの言葉を抜粋しますね。

テレビ局も長い時間をかけてBP(ベビーぽけっと)に張り付いて出来上がった苦労のいっぱい詰まった取材映像です。

この本にはその中京テレビさんの事は一言も、一文字もございません。BPの名前もございません。

知らないうちにBPの活動の部分らしきものがどこかに本に使われて知らない人は作者が独自に取材して書き上げたと思っているのが残念でなりません。これでいいのか??と、こういう世界なのかと思うと何とも納得のいかないものがあります。

くわしくはベビーぽけっとさんのホームページを見ていただくと詳しく載っています。スクロールして下の方、2016年2月24日のところです。

こちらのホームページを見る限りでは、ドラマのことで少しありましたが、その後出版社側からも著者からもなんの連絡が無かったことが分かります。

ドラマの制作側もこの小説の顛末を分かっていなかったようで、ただ養子縁組の支援団体のひとつとしての協力お願いだったようです。テレビ局も出版社も、そして著者も呆れるばかりです。

他の人が苦労して、試行錯誤して作った大切なものを、ただ設定と登場人物だけ用意して中身をいただく(嫌な言い方ですね、でもそう感じました)、それって創作なんでしょうか?

そりゃ、引用とかはあります。論文とか学術に使用するものは引用元に許可を取らなくてもいいってことは旦那さんから聞きました。

でも、これは引用どころじゃありません。モチーフでもありません。そのものです。お話の半分以上どこかで誰かが作り上げたものなのです。

そしてこの小説は商業目的のために作られたものです。当然このベビーぽけっとさんなりNHKなり中京テレビなりに許可を得るべきじゃないでしょうか。

あなたにとって「創作」とはなんですか?

本当に、この著者が目の前にいたら聞きたい。あなたにとって「創作」とはなんですか?と。

さきほどベビーぽけっとさんの引用にもあったように、あのドキュメンタリーは並々ならぬ努力と配慮と、苦労がいっぱい詰まったものすごく心に残る作品でした。

だって、望まぬ妊娠をしている人を取材するんですよ?これは見ているこっちも手に汗握ってときに涙して、本気で出演している人、産まれた赤ちゃんの幸せを願うような番組だったんです。

共同生活から妊娠の経緯、どうしてこの団体を頼ったのか、もちろんプライバシーは配慮されていますが、それでもかなり深く突っ込んだ内容でした。

そして陣痛から出産。それも音声だけですが放送されていた。あの陣痛に耐える声、自分で育てるわけでもない、ただ産み落とすだけの陣痛のうめき声。わしは一生忘れないと思う。

出産に立ち会わせてくれたのは先ほども出てきた風俗店に務めていた人なのですが、その人は生まれてすぐに子どもと離され、赤ちゃんと会えるのは自分が退院する日だけなんですね、団体の決まりだそうです。

なので、産後直後に制作スタッフに「赤ちゃん、わたしに似ていましたか?」って聞くんです、それも何度も。わたしに似てるかな?って。

最後、一回だけ赤ちゃんに会えたときも、赤ちゃんなんていらない、早く身体から出して店に戻るって言っていたのに、ボロボロボロボロ涙流して、ごめんね、ごめんねって何度も謝っていた姿。忘れられません。赤ちゃんに恥ずかしくないように、店も辞めるって、言ってました。

その番組見て、わしは本気で願いました。この人も赤ちゃんも、幸せになって欲しいって。

そんな人たちにも、赤ちゃんにも、養子で迎えたご夫婦にも、この著者と出版社はすごく失礼なことをしていると思います。どこの出版社だっけな、文芸春愁だそうですよ。

編集者だって、参考文献くらい調べろよ!!文芸春愁には校閲はいないんかい!!コウノエツコはいなかったんかいっ(怒)

でもあれだね、是永是之はどんなにつまらない小説でもちゃんと自分で苦しんで書いてるだけましだね。もう村○春樹はつまらないなんて言わないよわたしゃ。

そしてこんなわし的にパクリ小説がドラマ化しちゃう世の中なんだ。世の中というかマスコミなんてSMAPのねつ造記事には熱心ですけどこんなあからさまな不正にはスルーなんだね。どうなってんだこの国は。

この著者の他の小説は知らないけど、これって本当に創作と言えるのでしょうかね。

さっきから言ってるけど、モチーフなんてふわふわしたものじゃないですからね、これならコミケの2次作品のほうがまだ創作しているよ。

たとえば、いま放送している『黒い十人の女』。あれももとは市川崑監督がシリアスにおどろおどろしく映画にしたものを、バカリズムが面白可笑しくコメディに生まれ返したわけだ。

でもあれを市川崑のパクリだ!!と言う人はいないでしょ。あれは立派なリメイクですよね。市川崑監督バージョンをモチーフにして、つまり登場人物と設定だけをいただいて中身はバカリズム制作でしょ。どうでもいいけどこのドラマめっちゃ面白いよね。

この『朝が来る』はその真逆をやっているんですよね、言ってみれば。

それってもう自分のしこ名で白鳳に相撲とってもらうくらいのこと?例えが意味不明でごめんなさい。う~ん、話がどんどんずれていく。

で、わしがこの小説を読んで思ったのは、悲しいかな「事実は小説より奇なり」ってことなんですよ。結局自分が汗水垂らして得たものじゃないから、全然心にせまってこないんです。

「あ、似てる」「あ、また」「これあったな」そんなんばっか。しかも事実の方が圧倒的に力を持っているから、小説の方はその事実を追いかけるだけで精一杯で物語を語っていないんですよ。だから魅力に乏しい文章になってしまっている。

なんなんだろうね。著者にも怒りを覚えるけど、これをヨシとした編集側、出版社もちょっとセンスを感じられません。というか編集として成り立ってるのそれ?

創作ってなんなんだろう。

わしも店とかに行って何食べたこれが美味しかったあれが良かったってブログ書いてますけど、どこかに自分のカラーを残そうと腐心しているんです。お店に失礼にならないように、アピールしたいところは一生懸命アピールして、自分らしさをどこかに残したい。

わしのブログなんて創作に入らないと思うかも知れないけど、これでも自分の足で出向いて、舌で味わって、感じたことを無い脳みそ使ってウンウン言いながら書いてます。

創作って、そういうことなんじゃないんですかね?

もしかしたらその後、いや今後ベビーぽけっとさんと著者、出版社との和解みたいのはあるかも知れない。でも、わしはこの小説自体にはなんの価値もないと思います。いや、この辻村深月さんの小説としての価値、としておきましょうか。

そうじゃないと一生懸命取材した方や応じた方、ベビーぽけっとさんその他沢山の人が報われませんから。

とにかく非常に激オコプンプン丸してしまいましたが、すごく残念で悲しくなりました。皆さんには小説よりもドキュメンタリーをぜひ見ていただきたいと思います。

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